心がはずむような日も、涙で包まれてしまう日も、やっぱり生かされている大切な一日。


by soratoumihouse

支援すること、されること。

パソコンで、今日のトピックスを見ていたら、「<支援放置>自閉症小6評価せず、通知表に斜線」という

ニュースが、目に飛び込んできました。

何?斜線?

毎日新聞配信の記事を全文読んで、ことばを失くしてしまいました。


高機能自閉症の小学6年生(男児)が、3学期の通知表を、ほぼ全教科、斜線を引かれ、評価なしとして

渡されていたそうです。

男児は、集団行動や字を書くのが苦手ではあったけれど、知能指数は高く、年500冊以上の

本を読むことが出来るお子さんだったらしい。

国語以外の学科評価が斜線を引かれ、お母様は「存在を否定されたようでショックだった。」と

コメントされています。



なんか、凄く悲しくて、たまらない気持ちになりました。

海は、まだ小学4年生ですが、この1年の早さを意識したら、6年生なんてきっとあっという間だと

思います。

海は、知的な遅れを伴う自閉症児ですが、認知度や、コミュニケーション能力、メンタル面、

色々と総合的に考えると、支援級に進むべきか、特別支援学校に進むべきか、

とても悩む感じです。


小学校を決めるときも、最初は悩みましたが、「与えられた道が、進むべき道」という揺るがない

信念があったおかげで、最後は、あまり悩まずにすみました。


中学を決めるときも、基本は変わらないので、与えられた道を信じて歩くことは出来ると思います。

でも、今日のようなニュースを知ってしまうと、やはり素通りすることは出来ません。


もし、中学の支援級に通うことになれば、通学、勉強、言語理解、コミュニケーション、

メンタルコントロール、食事、等など課題にするべきことが沢山。

メンタル面がデリケートな海なので、空の中学の様子なんかを見ているだけで、

交流なんて、ちゃんと出来るのかな・・・とやっぱり不安になります。


海をよく知ってくださる方は、海の生きづらさを理解して下さり、

海なりの苦しみを感じ、そこに必要な支援をしてくださるので、海は救われているのです。

「支援ありき」です。

まわりの支援があって、初めて、「生きづらさ」が、「生きやすく」なるんですもんね。


でも、現実は厳しいことがいっぱいです。

海をあまり知らない方であれば、何が大変なのか?本当に障害があるように見えないとか、

パッと見の印象だと思うので、仕方ないとは思いますが、そういう風に相手の方には映り、

発言されるのだと思います。

私も、何にも知らない逆の立場であれば、同じように思うでしょうから。


でも、いつも思うんです。

障害がなければ、今の学校に来ていないなって。(当たり前だけど・・。)

知的な遅れのある自閉症の海でさえ、そういう悩みを抱えています。

何でもわかり、出来そうに一瞬見えることが、逆に期待されたり(悪いことではありませんが)

出来なかったり、分からなかったりすると、え?出来ないの?という視線を向けられたりして、

変なプレッシャーを本人は感じてしまって、おっこちてしまうのです。


出来ないことって、意外とわかっているんですね。少なくとも海は・・・。

出来ないことは、出来なくて当たり前だと思っていません。

(もちろん小さい時は、そういうことも理解していないので、出来なくても疑問に思うこともないけれど。)

成長して、色んなことがわかるようになったから、出来ないことに疑問を持ち始めた訳です。


出来ないことが悲しいし、出来るようになりたいし、人が当たり前にこなしていることが、

出来ずにいる自分に、もがき苦しみ、褒められたい。

評価されたいと願っているんですよね。


そう思った時、もしニュースの男児のように高機能自閉症のようなお子さんや、

本当に限られた部分での苦しさ、苦手な部分をもった発達障害のお子さんなんかは、

もっと、もっと、まわりから誤解されたり、傷つくようなことを言われたりすことが

沢山あると思うのです。


ほんの少しの支援で、苦しみから解放される。

悲しみが喜びに変わる。

なんだろう、大きな水たまりをジャンプして跳び越えたいけど、まだ小さくて飛び越えられない。

でも、大人の人が、その手を両側で持って、せーの!ピョーン!と運んでくれたら、

ふわ~って体が浮いて、水たまりを跳び越えられた、あの感じ。

支援の心地よさって、そんなイメージだと思うのです。


そして、一人では出来なかったことが、「出来たね!」と評価されることの喜びと幸せ。

その幸せな想いを誰もが感じることのできる学校こそが、真の学校のような気がするのです。


支援もないまま、出来ないからと通知表に斜線を引かれる悲しみは、何一つ手伝うことなく、

水たまりの向こう側から、「おまえ、無理だろ。跳べるもんなら跳んでみろよ!」と言っているのと

一緒なんじゃないかなって・・。


「支援すること」は、ひいきすることでもなければ、特別でもない。

「支援すること」は、その子をより生きやすくすることであり、苦しみが喜びに変わること。

「支援すること」で、その子が喜びをもって生きられるのなら、

その喜びを皆で分かち合うために、「支援していくこと」を迷わずする、そんな環境の学校であってほしい

と心から祈ってしまいます。

「支援されること」が恥ずかしいことでも、ひいきされることでもない。

そんなの、当たり前じゃない!と、どの子も話してくれるような学校ばかりだったら、

海のような子どもたちは、本当に救われます。


海が、今日、スカイツリーを描いてくれました。

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このスカイツリーのように、海と一緒に一つ一つ、喜びと自信を積み重ねていきたいと思います。

沢山の方たちの、あたたかい支援の手を借りながら・・・。




私の体重が、スカイツリーのように
どんどん積み重なりませんように。
今の私では、誰も水たまりを
跳び越えさせてはくれない。
ふわ~と跳びたい母です。
読んでくださり感謝です。
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Commented by うーわぁ at 2012-05-29 23:30 x
わたしも昨日のそのトピックス読み、空海ママはどんな思いで読まれたのだろうと思っていました。
支援してあげれば、本当に苦しみも喜びに変わっただろうし、自信もついたでしょうに。通知表ってなんなんだろって思っちゃいました。
生き辛さがあるなら、本当に周りの方のサポートでその子がどれほど苦しみが喜びに変わるかを私はこのblogを通して学び、自分のことにも置き換えることが出来ています。与えられた道が進むべき道って素敵な信念ですね。
海くんが描かれたスカイツリー素敵ですね。たくさんの子供がスカイツリーの絵のように喜びと自信を必要なサポートで積み重ねていけたら本当に素敵ですね。わたしも心から願っています。
Commented by soratoumihouse at 2012-05-30 20:14
うーわぁさんへ
大人でも、子どもでも、頑張ったことが評価されたら、結果は出なくても、嬉しいよね。斜線というのが、本当に悲しい。
頑張ったことを評価してあげたらそれだけでも嬉しいし、支援をして、わからないことがわかったら、嬉しいだけじゃなく、自信もついて、生きる世界も広がっていくよね。
支援って確かに難しいけど、その子にあった必要な支援は、生きる喜びにつながる。そう信じて、私も海だけでなく、自分の出来る支援を意識していきたいなと思います。
あたたかいコメントをありがとう(*^_^*)。
by soratoumihouse | 2012-05-28 23:55 | 海のこと | Comments(2)